それは母からの一本の電話から始まりました。
「私、万博に行きたい。」
母は当時は珍しく九州から京都の女子大に行っていたのですが、ちょうど京都にいるときに1970年の大阪万博があり、それはもう友達と何度も出かけたのだそうです。青春の大阪万博に、どうしてもまた行きたい、という話でした。
私も行きたいと思ってはいたので「よし、行こう」と、諸々手配し、ちょうど6月末の平日に2日間行ってきました。(気候重視で考えたのですが、結果、起業準備でバタバタの最中でした・・。)
しかし高齢の人が手配するには難しすぎるシステムですね。3日前予約は、夜の12時にスマートフォンとPCをダブルスタンバイしてログインしておき、リロードかけながら12時の瞬間に予約しました。
当日は雨予報だったにも関わらず、ほぼ降らずに曇りがちの空で、本当に有難い気候でした。
行ってみて良かった、そう思います。
電通にいたころ、あと7,8年もあるころから、大阪万博に関わって準備をしている人もいたり、とても身近に感じていました。その後は悲しい話になってしまいましたが、当時からの想いをずっと持っている人も知っています。
予約できたパビリオンは多くはありませんでしたが、まずはその景色。大屋根リングから見渡す景色は壮大です。そして入れなくても、パビリオンの造形がそれぞれに素晴らしくて、パビリオンのデザインを見て回るだけでも心が躍りました。小さな国の展示が集まったコモンズは、名も知らなかった国々の人々の生活の一端を垣間見ることができる、地球をぎゅっと縮めたごった煮スープのような場所。
並んで入れるぐらいのパビリオンの展示は、多くがデジタル映像とヘルスケア・医療に関わるイメージの展示も多く、正直どれがどれだったか思い出せないというようなものもありましたが、夕方になると民族のダンスが始まる場所もあったりと、人々の生活や文化、景色に注目していくと本当に面白く、2日間であちこちの国を感じることができた2日間でした。
学生の頃から海外旅行が好きで、当時流行っていたバックパッカーでヨーロッパを鉄道を使って回ったり、仕事を始めても、なんとか近場のアジアで面白いところに、と頑張っていたものの、子どもができてからは、なかなかそういう機会も減ってしまいました。今、万博に触発されて、ムクムクと知らない土地に行ってみたい欲が湧いています。
大阪に住んでいる人の話は、何度も子供たちと万博に行くこともあるとか。私は、小さいころに片田舎で見たアフリカの子供たちの展示がきっかけで、海外貢献をしたいと思って大学を選んだものの、その道を行く結果にはなりませんでした。でも、小さいころに世界を感じるということは、とても貴重な世界を広げる体験だと思います。目の前の生活が世界中の当たり前ではないこと、色々な文化、色々な人がいるということ、地球という存在を感じること、そういう感性を育むことを大人が促せるといいですね。
世界は自国優先主義が強まり、全体に対して責任を持つ意識は後退しています。今だからこそ、万博に行って何を感じるのか。帰りのゲートに国々の国旗が並びはためく風景を見ながら考えました。
肝心の母も、ゆっくりした足取りで1日2万歩を歩き、並び、大屋根リングの上から万博の風を感じていました。母娘としてもよい時間を過ごせた大阪万博でした。